霊園ニュースの中から霊園でのレポート記事をピックアップします。霊園内のイベントや、催し物の様子などをご報告。

霊園レポート

2011年度の秋彼岸動物慰霊法要が開催されました。

2011年度の秋彼岸動物慰霊法要が開催されました。

キレイに掃き清められた参道に、お焼香順番を待つ参列の方々。あらかじめ申し込まれた幾本もの供養塔婆の中から、家族の名前を見つけ、愛おしそうに抱きしめる人、人、人...。

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3月11日の東日本大震災で犠牲になった多くのペットや家畜たちの供養も併せて行われました。参列の方々も手を合わせながら、今生きていることの幸せをかみしめたことでしょう。

2011年秋彼岸動物慰霊法要05

以下は今は亡き動物たちへおくられた結城日璋山主の啓白文です。

人智の及ばざる大自然の驚異を真摯に受け止め、諸天善神に回向し懇心に供養するものなり。当山霊園に眠る動物たち、また此度の震災で犠牲となりし動物たち、家畜として屋舎に繋がれ、私たち人間のために、自らを捧げしもの幾万なるや。その数多くして、今にしてその恩恵を蒙らざる人一人も非ず。そのもの達の「生」を想うとき、哀憐と感謝の念を懐かざらん。

また、施主様の中から代表して、M.U様の「ラン」ちゃんへの追悼の手紙と、A.O様よりの「みゅう」ちゃんへのお手紙も読まれました。

2011年秋彼岸動物慰霊法要07 ランちゃんへ
残暑厳しい日が続いていますが、そちらはどうですか?
ランが逝ってしまってからもう4ヶ月が過ぎてしまいました。
今年は私たち家族にとって、本当に悲しくて辛い年でした。2月に突然お祖父ちゃんが亡くなり、その2ヶ月後には後を追うようにお祖母ちゃんが亡くなり、そして追い討ちをかけるようにその3週間後にランが逝ってしまいました。去年の11月には実家のビーグル犬ナナちゃんも亡くなり、わずか半年の間に4人を見送ることになるとは夢にも思いませんでした。泣いて泣いて、どんなにいっぱい涙を流しても悲しみは深く、心の中の穴は大きすぎて悲しみが止まりませんでした。
初めてランが家に来た時、娘達はまだ小学生。コロコロと太ってまん丸のランは本当に可愛くて、一瞬にして我が家のアイドルになりました。
そしてあっという間に大きくなり、ゴールデンレトリバーの成長の早さに驚かされたものでした。
人なつこくてお利口で、家族のいない日中はいたずらもしないで毎日一人でお留守番していてくれました。
いつも一緒に、家族のそばに寄り添うようにいてくれたランちゃん。娘達の成長を見守ってくれたランちゃん。甘えん坊でペロペロと顔を舐めては身体を擦りつけて遊びをせがんだランちゃん。
どこかに出かけても「ランが待っているから帰ろう」と言う言葉が、いつの間にか私たちの帰る合言葉になっていました。
1月にお祖父ちゃん、お祖母ちゃんが入院し、それに合わせるようにランの体力も急激に衰え、病院の先生には何でもいいから本人の食べられるものをあげてくださいと言われ、とにかく口に入れてくれるものを探して食べさせました。そして二人が亡くなった後は水以外全く受け付けようとせず、最期には体重も半分になってしまいました。寝たきりになってしまい、どんどん窶れていく姿を見るのは本当に辛かった。でも、最後の3週間はお祖父ちゃん、お祖母ちゃんを続けて亡くした私達に、悲しみに負けないで強く生きていくことを教えてくれたと思います。
これからも出来るだけ会いに来るからね。
ランちゃんに出会えて本当に良かった。本当に楽しかった。本当に幸せだった!ランちゃんと過ごした14年間の思い出は私達家族の大切な宝物です。
今は天国でナナちゃんや、たくさんの友達と元気に走り回っていることと思います。ランちゃんは永遠に私達の大切な家族だよ。絶対に忘れないからね。いつか私達が往くまで待っていてください。
本当にありがとう。


お母さんより。
2011年秋彼岸動物慰霊法要06 愛しのみゅうへ
「みゅう、ごめんね」今日、どうしてもママはここに来ることが出来なくて、お手紙を託しました。ママの言葉わかる?ママの気持ち聞いてね。天国まで届きますように。
みゅうがいなくなって3ヶ月が経ちました。昨日まで元気に走り回っていたのに、突然元気がなくなり、病院に入院してからの5日間、どんどん衰弱していくみゅうを見て、毎日神様にお祈りしました。
頑張ったね。辛かったね。苦しかったね。最期は大好きなお家に戻って、大好きな場所から天国へ旅立てて良かった。ソプラノトーンの高く可愛い声のみゅうが、息を引き取る寸前に、低いしゃがれた声で、一声鳴いた声が、今でもママの耳から離れません。「助けて」とも聞こえたし、「ありがとう」とも聞こえました。助けてあげられなくてゴメンね、そして今までありがとう。
まるでタキシードを着たような黒白のキレイなソックス猫でした。
ママはその素敵な毛並みが大好きだったよ。こんなにお利口でハンサムな猫ちゃんはいないよ。ママの自慢でした。
11歳以上向けの猫缶を初めて買ってきて「まだ早いね!」なんて冗談を言いながら食べたのが最期の食事だったよね。10歳になったばかり、まさか亡くなるなんて考えてもいなかったよ。もっと一緒に過ごしたかった。今も変わらず、みゅうの写真に向かって「みゅう、おはよう。お水だよ」と、水替えから始まり、「みゅう、おやすみ」でママの一日が終わります。
仕事から帰ってくると、毎日必ず玄関でママをお出迎えしてくれたよね。「ごはんよ!」と言えば、一番先に席に着いたよね。夏はバルコニーに来た蝉を捕まえては部屋に持ち込みジージー騒がしかったし、秋にはトンボと駆け回り・・・・。冬になればこたつや布団に出たり入ったり。時には上に乗られて重たくて仕方がなかったよ。今年の夏はいつもと違う・・・。とても静かだったよ。きっと今年の冬もいつもと違うよね・・・。みゅうの重さを感じない、とても軽い冬になりそうだよ。いつもそばにいたみゅうがいないから寂しいよ。でもね、みゅうが無事天国に旅立てるように、いつまでも悲しんでばかりじゃいけないよね。幸せだったよね。その愛らしい姿で、愛と癒しと安らぎを与えてくれてありがとう。悲しみから感謝へ気持ちを切り替えるよ。一緒に過ごした10年間、絶対に忘れないよ。天国で必ずまた会おうね。


大好きなみゅうへ ママより。

お焼香の方々の列は、お題目が唱えられる中、何時までも続きました。

2011年秋彼岸動物慰霊法要08

喪失感や痛みを抱えたままの人や、整理のいまだできかねている方には、今回の再会はひょっとしたら悲しみを思い返すつらい場所になったかもしれません。しかし、住職の言葉のように、死の悲しみを教え、生きることの尊さを伝えてくれたのが、あの未曾有の災害であり、また、身内のペットの死なのではなかったでしょうか。

ペット達の『「助けて」とも聞こえたし、「ありがとう」とも聞こえる』ような想いを持ちつづけることは、残された人間に課された義務なのかもしれません。胸の中でとらえきれない想いが、やがてどのような形になっていくのか、それを確認したいとき、もしくはおぼろげながらもわかったような時には、ぜひお参りにきて動物たちに話しかけてみてください。それが、ペットを失っても精一杯いきている我々の日常なのかもしれません。

合掌

Comments

Comment 000023
jitei | Oct 16,11 18:45 PM

こんにちは。コメントをありがとうございました。

大切なペットを亡くされた方の思いはそれぞれ違うと想いますが、悲しみはどなたも同じだと想います。

想像していたよりも、はるかに深い悲しみと辛さに襲われ、この悲しみがいつまで続くのであろうと心を震わせることでしょう。

悲しみを抑え込むことは、逆に悲しみが長引くことになるでしょう。

悲しんで、かなしんで、思い切り泣いて!!

やがてペットと過ごした数々の楽しい思い出に代わり、再び笑える日がきっと訪れます。

これからも、みゅうちゃんに会いに来て下さい。そして天国へのお便りを綴って下さい。

やがて、その行為が癒しに代わっていくと信じます。

季節の変わり目、どうぞご家族さまご壮健で。

                     寺庭


(少し落ち着かれたご様子のmailに安堵しております。)

Comment 000018
みゅうのママより | Oct 15,11 22:56 PM

立派な2011年秋の彼岸動物慰霊法要式を行っていただき、ありがとうございました。
そして、ペットへの手紙の代読ありがとうございました。
みゅうを亡くした悲痛な思いが少し救われた気がします。
当日は、私と同じように愛する子供(ペット)を亡くし悲しみを乗り越えようとしている方々が沢山いらっしゃる事も、勇気づけられ、先立ったみゅうの分まで生きることの意味を深く感じることができました。
御霊は永遠に皆の心の中に・・・楽しい思い出ど共に・・・。

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